今「後」もよろしくお願いのほど

平成最後の4月8日、一宮むすび心療内科を始めて5年を数えました。毎年、開業記念日前後は休診とし、スタッフ研修に充てています。こうしてクリニックを続けることができるのも、それを支えてくれる皆さんのおかげです。

毎回、この記念日には節目の数字の話を書いている。ことしは「五」。これは上下の横棒が天地を表し、そこにつっかえ棒が入る形を示したものだそう。読みの「ご」から連想できる漢字を並べると、語、伍、吾、悟、と五が入っているものが多い。いっぽう、呉、誤、護、、。あと、、そう「後」があった。「碁」が趣味の当方としては、「ご」には広がりをもつイメージがある。

碁は白石と黒石を碁盤の交点〔361あり、一年、ひいては宇宙空間を表す〕に互いに打ち合い、最終的に自分の獲得した交点の数を競う、古代中国から続く歴史あるボードゲーム。こう説明せずとも、AI(人工知能)が世界チャンピオンに勝ち、有名になったので、イメージしやすくなっただろう。碁の魅力は、少ないルールさえ守れば、盤上のどこに打ってもよい自由闊達さにあると思う。

人生は短く芸術(アート)は長い、と古人はいった。宇宙の歴史138億年に比べ、瞬間にも満たない、ひとの一生。盤面どこに打っても一局の碁になるように、どう生きても「一曲の人生」。自由に謳歌しようではないか。そう、みずからにも患者さんにも訴えながら、これから「後」に向けて、また一歩を踏み出していきたい。



平成の終わりに~令と命~

平成残り1ヶ月となった1日、天皇陛下の退位に伴う5月1日からの新元号が発表された。
令和(れいわ)――初めての日本古典・万葉集からの選定。和歌は中学国語で習うが、出典箇所の序文は初めて触れる人が多かろう。「和」は二代前の昭和と同じで、これまでの元号で何回も使用されているが、「令」は初めて。読み方のR音の響きを新鮮に聴いた人、耳慣れない感じの人に分かれそうだ。

白川静氏の『字通』によると、「令」は礼冠を着けて跪(ひざまづい)て神意を聞く人の形。古くは「令」「命」の二つの意味に用いた、とある。なるほど、同じく命(めい)は「神に祈って、その啓示として与えられるもの」が原義で、「天の命ずるところであるから、人為の及ばないところをすべて命」とするようになったという。
なので、この漢字、命(めい)をやまと言葉の「いのち」に充てたのは、偶然ではありえないだろう。白川氏は『字訓』で、命(いのち)は「生(い)の霊(ち)」のことと説く〔論創社『白川静さんに学ぶこれが日本語』小山鉄郎氏著より〕。

西暦でいえば、21世紀の18年が過ぎ、科学技術の発展は右上がりの急カーブを描いている。AIの進化がその表れだが、生命科学の分野でも事情は同じだ。生命操作の極北ともいえるi PS細胞の発見でノーベル医学生理学賞を得た山中伸弥氏が新元号の選考委員となったのも、「令=命」の語源を考えたとき、何とも言えない縁を感じる。
人為の及ばぬ「いのち」につながる元号の文字を選んだ一人が、人為の最先端を走る科学者であることの巡りあわせ。宇宙の果てとミクロの底がウロボロスの蛇のようにつながっている光景を想像してしまうような、平成最後の新元号選定だった。


 

春を待つ東北。

これから先、どれほど長い時間が経てば、「あの日」が「3・11」を意味しなくなるのだろう。
マグネチュード9は千年に一度の割合の大きさの地震。そして、今年1月に亡くなった梅原猛 氏が「文明災」と呼んだ福島第一原発事故。セシウム137など放射能の半減期は人間の寿命の単位とは桁が違いすぎる。ほかにいい方法を思いつかないから、汚染土を再利用するという発想が出てきてしまう日本という国の情けなさに、多くの人は怒りすら失くしてしまっているのではないか。
福島県の児童に甲状腺癌が増えているというSNS上の指摘は、マスメディアではちゃんとは登場しない。こうした問題は冷静な事実の積み重ねが大前提なのだが、ネット情報が本当かどうなのか、マスメディアはきちんと取材分析し、結果を報道する義務があると思う。 昔、その端くれだったものとして、訴えておきたい。
あれから8年。あの日、産まれた子はもうランドセルを背負って通学する年だ。今年は暖冬のせいで、桜の開花が例年よりずいぶん早いと予想されている。あの日、チラチラ雪の舞い散る中でカタストロフィが突然押し寄せた東北地方の春を、誰よりも 待ち望んでいる地元の子供達を想い、祈る。桜は、必ず咲きますーー
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