ウツるんです#35 冬の「桜桃」~涙が教える乳/父の病2021年2月14日

 土曜は午前診療と午後のあいだが短く、いきおい昼は院内ですます習慣。コロナ禍の緊急事態宣言とくればなおさらだ。以前は自分で野菜炒めを弁当に詰めていたが、最近は妻が作ってくれるようになり、卵焼きにウインナが定番になった。
 妻の機嫌がよいとデザートにフルーツ缶詰がつく。先週はサクランボのシロップ漬けがうまかった。サクランボは本来、初夏の食べ物だが、冬の桜桃もよいなと思いつつ、太宰治の小説「桜桃」を思い出していた。

 実質上の絶筆になったこの小品は「子供より親が大事、と思いたい」のフレーズが有名だ。自らをモチーフにして、子ども3人を抱えた小説家の苦悩を、妻と交えた会話で表現する。
 夏の夕食のひとコマ。母は1歳の次女におっぱいを含ませるかたわら、父と長男長女の給仕に忙しく、「お父さんは、お鼻に一ばん汗をおかきになるようね。いつも、せわしくお鼻を拭いていらっしゃる」と言葉を投げる。「それじゃ、お前はどこだ。内股かね?」と苦笑して返す父に、「私はね」と母は少しまじめな顔になり、「この、お乳とお乳のあいだに、……涙の谷、……」。ぐうの音も出なくなった父は原稿料をつかむと酒を飲みに行ってしまう。そこで出された桜桃を食べては、種を吐きを繰り返すシーンで終わる。

 シロップ漬け桜桃の種を吐きつつ、ネットサーフィンをしていたら、「涙」で乳がんがわかる、との記事が目に留まった。
 エクソソームという体の様々な細胞から出る物質がある。大きさわずか100ナノメートル(0.0001ミリ)。がん細胞からも放出されるため、涙液中のエクソソームを測ると、乳がんかどうかわかるという仕組みを利用して、神戸大学の竹内俊文教授らが超高感度の測定法を開発したというニュースだ。
 実用化されれば、マンモグラフィのように乳房を押しつぶして痛い思いをすることもなく、乳がん検査を受けられる朗報だ。
 
 日本人女性の最も多いがんが乳がん。私の知人でも多くの女性がなっている。治療後にうつになって受診する患者さんもいる。
 乳がん増加の原因として、食生活の欧米化や女性の社会進出が挙げられている。高脂肪食によるエストロゲンの変化や出産の減少と閉経の遅れによる月経回数の増加が影響しているという仮説だ。

 東京五輪組織委のトップが「女性蔑視発言」ですったもんだしているコロナ禍の令和3年。世の男性陣は、改めて、冬の桜桃を食べながら、太宰の小説を読んでみる必要がありそうだ。
 
 

ウツるんです#34コロナ禍の「セイホ」2021年2月7日

 二度目の緊急事態宣言の効果だろう、2月に入って新型コロナウイルス感染者数が減少中だ。その一方で、重症者はそれほど減らず、死者数は着実に増えている。
 理由は、感染者に占める高齢者の割合が増加しているためだ。免疫弱者を狙う「分断ウイルス」ゆえだが、コロナは同時に、社会的弱者もターゲットにしているように思える。
 
 国会でコロナ対策の特別給付金を求める質問に、菅首相はこれを否定し、「最終的には生活保護という、そうした仕組み」があると答弁し、物議をかもしている。
 その背景には、近年一貫して増え続けている生活保護受給(約165万世帯)の問題が横たわっていると思われる。いまは親族に対する扶養照会の取り扱いが話題にのぼるが、より本質的な、保護費支給の物価算定基準が国の恣意で変更されたことは、各地で裁判になっているのに、メディア報道は不十分に見える(この件は、私の元勤務先の同僚記者だった白井康彦氏が精緻な論考をしている)。
 
 当院にも生活保護の患者さんたちが通院する。もともと精神的な問題を抱え、仕事のできなくなった人もいるが、やむを得ない事情で経済的困窮に陥り、うつ状態になる人もいる。
 そういう人のため、まさに生活保護がある。法学部卒として、憲法25条の社会的生存権が根拠であることを強調したい。まさしく首相の言う「セーフティーネット」なのだが、現実は厳しい。
 最近、保護受給中の女性患者が市役所からこんな通知を受けた。「セイホ(生活保護の略)のメンタルの人は自立支援を受けないといけない」。自立支援とは、「心身の障害を除去・軽減するための医療について、医療費の自己負担額を軽減する公費負担医療制度」(厚労省HP)のこと。
 それぞれ別個の目的を持った制度だが、「公助」という点では同じだ。ここから先は推測だが、生活保護予算がひっ迫しているので、「お上」からの圧力あるいは現場の忖度があるのではないか。その証拠に、ほかの患者でも、同様の“指示”を受けたため、当院から説明を求めると、法的根拠はないと撤回された。
 分断ウイルスでギスギスした世相であるからこそ、こう問いたい。
 菅さん、国民の実情をもっと見つめてください。“ガースー”じゃなくって、「さーすがー」といわれるトップになってくれないと、次は、無いよ。
 

 

ウツるんです#33 地球“分断”の時代に 2021年1月14日

 ところによっては1月15日までが松の内だそうなので、読者の皆様、あけましておめでとうございます――と書いて、おめでとうは無いだろうという情勢になって来た。
 新型コロナウイルスは変異種も出て勢いが止まらず、11都府県に緊急事態宣言が「発出」された。私の住む愛知県も含まれる。
 NHKテレビでいま、「医療崩壊危機の最前線」と題して、地元一宮の総合病院での苦闘を映し出している。「コロナのために救える命が救えなくなる」とナレーションが語り、かつてボーイスカウトで薫陶を受けた先輩医師が「救急は止めたくないが、、」と苦悩のまなざしでインタビューに答えている。
 国内第三波を経験して、「新型」といいながら、敵の特徴はかなりつかめてきた。このウイルスを一言でいえば“分断ウイルス”ということだろう。
 かかった人の大半は無症状か軽症。しかし、残りの2割ほどが重症化し、一部は死に至る。多くが高齢者または循環器や糖尿病など免疫力に問題を抱える人たちで、彼らと残り大勢との間には太平洋のマリアナ海溝より深いギャップが潜んでいる。
 もうひとつは感染の仕方だ。潜伏期が長く、無症状者から知らぬ間にうつり、あっという間に進行する“ステルス”型感染が対応の困難さを増幅させる。だれもがうつす側となりうるゆえ、いちばんの対策は他者との距離をとるソーシャル・ディスタンスとなり、分断は加速される。
 広がるにつれ、死亡率がインフルエンザにやや近づいてきたことから、「はやり風邪と同じ」と勘違いする人もいる。これまでの死者4千数百人を、他の病気との比較で大したことはないと論ずる向きもあるが、単純比較がナンセンスなのは、たとえば、史上最悪の惨事となった日航ジャンボ機墜落事故の犠牲者が520人だから問題ないとする議論がナンセンスなのと同じだ。人の命は数字ではない。

 地球規模でみた場合、いちばん患者の多いのはアメリカだ。その国のトップが、大統領選挙結果をめぐり、さらに分断を深め、弾劾されている。
 
 きょう、産業医面談した50代の公務員は脳腫瘍があるのに、コロナ禍でかかりつけ病院の脳外科がコロナ病棟に転用、手術を延期された。良性髄膜種でまだ余裕ありとの判断だが、本人にとっては非常に辛い。そのストレスもあるのか、年末に高熱が出た。PCRは陰性、インフルエンザが陽性だった。(今年、愛知県のインフル患者はまだ数人の報告)。

 未来の歴史家が西暦2020~21年をどう評するのか。現代を「人新世」と時代区分づけしたのはドイツのノーベル化学賞者だが、コロナ分断時代とでも名付けられるのだろうか。
 
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